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月別アーカイブ: 1月 2014

愛知県で障害者就職面接会が行われますよ。

 

愛知県で障害者就職面接会が行われます。

求職者の方はハローワークへ行って申込書をもらって1/21までに面接希望する会社名などを記した書類を提出してください。

○参考:愛知労働局からのお知らせ、ただし企業向けのお知らせです。

平成25年度第2回障害者就職面接会 開催のお知らせ | 愛知労働局
http://aichi-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/news_topics/event/2013/shougaisha_mensetukai.html

場所・日時は以下のとおり。

2月6日  ホテルアソシア豊橋 12:45~
2月27日 愛知県体育館    12:45~

余裕を持って行くといいと思います。

資料をもらってきましたが尾張地区と三河地区の参加企業数の違いに驚きます。やはり尾張地区のほうが圧倒的に多いんですが・・・

私も(精神障害者として)参加する予定です。

もし参加される方がいましたら現地をお会いしましょう。コメントを残していただけるとわかりやすいです。

 

 

 

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投稿者: : 2014/01/15 投稿先 メンタル, JOB

 

大滝詠一追悼集

大滝詠一氏の追悼がバラバラ・三々五々になっていたため、それらをまとめてみました。

改めて影響の大きさに驚かされます。


大瀧詠一さん急死、解離性動脈瘤で早すぎる65歳:芸能:スポーツ報知

http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20140101-OHT1T00033.htm

細野晴臣(ミュージシャン)「最初は誤報だと思っていましたが、とてもショックです。大事な音楽家を失ってしまっ た。残念にも程がある、という思いです。彼の中に詰まっていたポップスの宝庫はどこにいくんでしょうか。大瀧君はずっとソロアルバムを作っていなかったの が気になり、11月中旬に『皆で手伝うからソロを作ろう』とメッセージを入れたのが最後です」

山下達郎 OFFICIAL WEB SITE : NEWS

http://www.tatsuro.co.jp/news/

大瀧詠一さんのあまりにも突然な、あまりにも早すぎるご逝去を悼み、
40年間の長きにわたる語り尽くせぬ多大なご厚情に心より感謝し、
謹んでお悔やみ申し上げます。
山下達郎

Sugi’s BLOG » Blog Archive » 『君は天然色』

http://love-pop.music.coocan.jp/message/?p=228

僕の憧れの人、師匠でもあり恩人でもある大滝詠一さんがお亡くなりになった。

このところ新年1月3日にやる「杉まつり」というライブのリハで忙しかったのだが、このライブで伊藤銀次さんが『君は天然色』をやることになっていた。
生ギターが僕と村田和人、エレキギターがBOXの田上正和とピカデリーサーカスの橋本哲、ピアノがサントリィ坂本、ベースが藤田哲也、ドラムス杉未来、パーカッションに清水淳、里村美和、高橋結子、一斉に音を出した瞬間あのワクワクする大滝サウンドに包まれた。
数えきれないくらい聴いてた曲だが、演奏しようなどと大それたことは考えた事がなかった。

やっぱり大滝さんって凄い!師匠に報告しなくちゃ、、、そればかりを考えてたここ数日、、、、。そこにこの知らせだ。
大滝さんが仕組んだんですか?

10月に“神の指令だと思って”息子に会いに来てくださった事、彼は宝物のように思っています。
まだまだ沢山話したいこと、伝えたかった事が山ほどあります。

須藤薫ちゃんに聞いておくよう頼まれていた事、天国で直接聞いてください。
それに大滝さんが薫ちゃんにカバーさせたかったあの曲、天国でもプロデュースして僕が行ったときに聞かせてくださいね。
そちらには青山純っていう素晴らしいドラマーもいますし。

大滝さん、僕をナイアガラの一員に選んでくださって本当にありがとうございました。
ちゃんとお礼を言えてなかった気がしますが、僕はナイアガラの端っこにいながらも誇りに思っています。
今度の「杉まつり」では銀次さんと、そしてミュージシャン全員で大滝さんへの感謝を込めて『君は天然色』演奏させていただきます。
師匠、観に来てくださいね。

(杉真理の息子)杉未来

俺らは天然色 永遠の師匠
http://miraisugi.blog.fc2.com/?no=7

(引用略)

内田裕也 大瀧さん悼む「オレのタイプじゃない音楽だが大いに認められるべき」 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/01/01/kiji/K20140101007305880.html

「“日本語のフォークとロック”というテーマで音楽雑誌で対談(72年5月)したが、その後は会っていない。オレのタイプじゃない音楽だが、そのジャンルは大いに認められるべきだ」とコメントした。

大滝詠一さん、信じられません。素晴らしい作品、ありがとうございました。御冥福を祈らさせて頂きます。

キムタク大瀧さんに「感謝し尽くせない」/芸能/デイリースポーツ online

http://www.daily.co.jp/gossip/2014/01/01/0006609276.shtml

大瀧さんが主題歌「幸せな結末」を担当したドラマ「ラブジェネレー ション」で主演したSMAP・木村拓哉は「亡くなった経緯を聞いても信じられない。自分のドラマで主題歌を担当してくださった方は、その曲がどこか自分の 一部といいますか、すごく特別な存在。すごくびっくりしていますし、寂しいです。どう手を合わせても感謝し尽くせない」と悼んだ

松本隆

高田漣

矢野顕子

大貫妙子 Taeko Onuki / note

http://onukitaeko.jp/note/

2013.12.31

悲しいを通りこしてただ茫然自失となっています
優しいから いつもこわい存在であり
恩師として かなわない大きな存在でした
アルバムはつくらないのですか?
とたずねると いつもきまって
「そんなに どんどんつくっても しょうがないじゃない」
と言いました。
それが 大瀧さんが残した数少ない珠玉のアルバムであり
わたしたちへのメッセージであると思います
そして突然 LONG VACATION の旅へと・・・。
どちらへ?
たずねてもきっと 笑って「秘密」 だと言うのでしょう。
さようなら さようなら
大貫妙子

高橋幸宏

金沢明子

『まさかの悲報』|桑野信義&MASAオフィシャルブログ ボクらのじゆうけんきゅう おわらないなつやすみ Powered by Ameba

http://ameblo.jp/nonko-masa/entry-11740035503.html?frm_src=thumb_module

大滝詠一さんが亡くなったというニュースが!
嘘だろ!嘘であって欲しい!
シャネルズのデビュー前からお世話になった恩人だ
シャネルズからラッツ&スターに改名した時の
アルバム第一弾をプロデュースでオリコン3位
Tシャツに口紅や星空のサーカスは
松本隆さんとのコンビの曲でした
つのだ☆ひろさんも参加
アンディーウォーホールが手がけた
ジャケットでしたまたゴスペラッツでは星空のサーカス~スパイスソングを
手がけてくれてシャネルズの原点に返り
大滝さんに感謝の気持ちを捧げたんだ
ロングバケーションを彷彿させる
ジャケットにしたんだ
65歳での急死・・・早過ぎますよ大滝さん!
大滝さん流の冗談であって欲しい
心より大滝さんの御冥福をお祈り致します桑野信義

清水ミチコ

大瀧詠一さん – 4325.net blog

http://4325.net/blog/2014/01/02/1251.html

大瀧さんは、私が
渋谷ジァンジァンで
ライブをやってた頃から
何度も足を運んでくれ、
たくさん助言を
してくれました。

なかなかの皮肉屋でした。

しかし、ちょっとしょげていると、
「でも、オレは
なんだかんだって
ブライアン・ウィルソンが
来日したっておまえの
ライブを選んでんだぞ。
ま、意味わかんねえだろうけどな!」

と言ってくれたり、
ラジオもよく聴いてくれてた。

「アレは、キミいかんよ」とか
「あれはナイな。」
など、メールでも
お言葉をいただきました。

ある日のビバリーでは
「よく耐えたね、、、。」
という言葉が身に沁みました。

大瀧さんはめちゃめちゃに
言い放ちながらも
よく笑ってくれ、
また私の音楽的知識のなさに
ため息をつかれつつ、
またそれすら笑ってくれた
人でした。

急にいなくなっちゃった。

写真は
「ふん、おまえこんなの
持ってたのかよ」
と、言われながら
サインをして
もらったアルバム。

image.jpg

太田裕美

http://6109.jp/hiromiohta/

大瀧さんは・・・

突然、12月の旅人になって・・・遠くの空に・・・旅立って行ってしまった・・・。

とても悲しくて・・・寂しい・・・。

大好きだったよ、大瀧さん。

2013-12-31 15:28:54

植竹公和

上岡龍太郎さんに大滝詠一さんを紹介したあの日 – 歌う♬放送作家

http://d.hatena.ne.jp/sugarbabe49/20131231

長文のため引用はやめておきます。

佐野史郎

まさかの知らせの大晦日|伊藤銀次 オフィシャルブログ 「SUNDAY GINJI」 Powered by Ameba

http://ameblo.jp/ginji-ito/entry-11740236632.html

今日大晦日にまさかの知らせが … 。我が師、大瀧詠一さんが亡くなったとの
知らせが入りました。
でもまだ信じられません。
そしてとてもではありませんが
信じたくありません。大瀧さんとの出会いがなければ
僕のすべての音楽人生は
この世に存在しませんでした。そして
少しでも大瀧さんの意志を継ごうと
楽しみに聴いていた
「アメリカンポップス伝」が未完に
終わってしまったことも残念でなりません。ただちに受け止めたくないことですが
謹んで冥福を祈りたいと思います。
どうかやすらかに
そしてこれからの僕たちの
行く末を
あたたかく見守っていてください。おもえば10月27日、小作W-POINTでの
uncle-jamライヴにわざわざ
訪ねてきてくださいました。
ほんとにありがとうございました。
大瀧さんのことだから
僕と杉未来君との不思議な縁(えにし)を
その目で確かめにおいでになったのでは
と思っています。

サンボマスター山口隆

@yamaguchi_SBM

大瀧詠一さんとサンボマスター : サンボマスター「唄とギター山口隆のブログ」

http://blog.excite.co.jp/samboblog/15371213/

ヴァン・ダイク・パークス(Van Dyke Parks)

佐野元春

“■大滝詠一さん訃報の知らせを受け、元春からのコメント”
http://www.moto.co.jp/WhatsNew/news.html#Otaki-san

滝詠一さんが亡くなりました。日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。でもその星は空に昇って、ちょうど北極星のように僕らを照らす存在となった。大滝さん、ありがとう。ご冥福をお祈りいたします。

佐野元春

ROLLY

片寄明人

片寄明人 Akito Katayose | Facebook

一部抜粋↓

セッション後にスタジオの片隅にいた僕を見つけた大滝さんに「君が片寄君か。なかなかいい曲書くらしいな。僕は最近あんまり新曲が書けなくてね…君…僕のゴーストライターやる気ないかい?」と周囲にスタッフもいる中、大真面目な顔で聞かれ、答えに困っていると「馬鹿だな、冗談だよ」と皆で大笑いされるという洗礼も受けました(笑)

鈴木慶一

2013-12-31 – 我がメインテナンスの日々

http://d.hatena.ne.jp/suzukikeiichi/20131231
(かしぶち哲郎さん、大滝詠一さんへの追悼ブログ一部引用)

大瀧さんも、舟で出て行ったよ。

大瀧さん、冗談にもほどがある。冗談だと言って下さいな。冗談じゃねーやーずのメンバーの

お願いです。

そんなバカな・・・|クリス松村オフィシャルブログ Powered by Ameba

http://ameblo.jp/chris-matsumura/entry-11740025718.html

大滝詠一さんが・・・逝去なさった・・・そんなバカな・・・。今、ニュースの速報でそんな報道が。信じられません。日本のJ-POP界の始まりを作られた方です。山下達郎さんも大滝さんのレコード・レーベルからデビューされました。松田聖子さん、山口百恵さん、薬師丸ひろ子さん、「夢で逢えたら」・・・ご自身のアルバム「A LONG VACATION」は、歴史的大ヒットアルバムであり、日本初のCDであり、ミリオンセラーであり・・・

大滝さんの音楽の功績は計りしれません。

未だに信じられません。

ショックです。

ご冥福をお祈りいたします。

森進一が大滝詠一さん追悼コメントを発表 | 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社

http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/219973/

「大滝詠一さんの突然の訃報に接し、謹んでお悔やみを申し上げます。昭和57年に作曲していただいた『冬のリヴィエラ』は、いまでも私にとって大きな宝物 のような一曲です。本日夜の番組(テレビ東京「年忘れにっぽんの歌」)でも、大滝さんの元に届きますよう、心を込めて唄わせていただきます。いまは心より ご冥福をお祈りします」

大瀧詠一師匠を悼む (内田樹の研究室)

http://blog.tatsuru.com/2014/01/03_0818.php

引用略
@levinassien

大瀧詠一まで逝くのか?|つのだ☆ひろブログ「つのだ☆ひろだとおめでたい」by アメブロ

http://ameblo.jp/tsunohiro/entry-11740317117.html

昔、何度か一緒に仕事をした。
恵まれた環境で仕事をしている彼を見て
俺が嫉妬に似た感情をもったとしても
別に不思議なことではない。
業界にも彼のサウンドのファンは多く
周囲が好意的に見てくれるのは羨ましい。
日本のロックを作り上げたのは
間違いなく我々のハードロック勢だが
いつの間にか評論家等の筆によって、
日本のロックはハッピーエンドによって
できたかのように書かれ、
日本のロック史に刻まれたのは片腹痛い。
もとより大瀧のせいではないが・・・。それにしても不思議なところに才能を
発揮する人であった。
レコーディングのメンバーの人選とか
何の楽器と何の楽器を組み合わせると
どうなると言った実験的な事や
こんなサウンドこそがかっこいいだとか
そう言ったセンスの部分ではいかんなく
才能を発揮した人だ。嗜好の強さが災いして、仲が悪くなった
仲間もいたように聞いているが
それでも自分の好きな事を好きなように
あいかわらずやっているんだろうな・・と
頭の隅では考えていた。
今日10時頃に起床してテレビを見ていたら
ニュースで大瀧詠一の死を知った。ああいう人を上手に使わないのが
日本の音楽界のダメダメなところで
まだまだ仕事が出来る人を放りだして
仕事の出来ない若者に仕事をさせる。
若者だけではなく、我々だってもっともっと
作品を産み出したいし、欲だって有るのに
とにかく仕事をさせてくれない。大瀧はまだまだ素晴らしい仕事をし、
良い音楽を生みだし、その音楽でたくさんの
人々に喜びを与える事が出来た人間だ。
あのアイデア、あのプロデュース能力が
日本から消えてしまった。
残念の一語に尽きる。
心からの哀悼の意を捧げよう。

佐野史郎

小西康陽

YASUHARU KONISHI -BLOG-|honeyee.com Web Magazine
http://blog.honeyee.com/ykonishi/archives/2014/01/02/
12月31日。早起きして新橋でチャールズ•チャップリンの映画二本立てを観ようと思っていたが、やはり起きられず。渋谷シネマヴェーラで2013 年の映画見納め。「牡蠣の女王」という映画と「大自然の凱歌」という二作品。どちらもタイトルから想像していたのとはまったく違っていた。「牡蠣の女王」 には牡蠣は登場せず。「大自然の凱歌」には、大自然が登場したけれど。どちらも素晴らしく、また年末に相応しい作品だった。

二本の映画の幕間に、ツイッターで大瀧詠一の死を知る。「大自然の凱歌」という映画の中で何度も歌われる「オーラ•リー」という曲は、エルヴィス•プレスリーの「ラヴ•ミー•テンダー」の原曲。そのメロディが流れる度に音楽家のことを考えてしまった。

東野幸治

水道橋博士

カンパニー松尾

クレイジーケンバンド ラジオショウ HONMOKU RED HOT STREET – Fm yokohama 84.7: 追悼 大瀧詠一さん

http://blog.fmyokohama.jp/ckb/2013/12/post-4c85.html

赤坂BLITZに入る前に大瀧詠一さん急逝を知り、未だにその実感が
沸いて来ない状況です。個人的には中学時代、サイダーのテレビ・
コマーシャルで大瀧さんの手がけたアカペラのCMソングが流れ、
これがキッカケで自分もCM音楽をやりたいと思って、サイダーの
会社に電話して、更に広告代理店にも電話して、どうすればCM音
楽の作曲家になれるのか、と頓珍漢な問い合わせをしたものです。
その後、2002年頃、元々、福生のFussa45スタジオにいた
音楽評論家の湯浅学さんと代々木八幡周辺を歩いてるときに黒い
キャディラック・フリートウッド・ブロアムが通りかかり「おお
お、かっこいいなぁ!」と言う間もなく、窓がスーッと開いて、
中からサングラスをした大瀧さんが顔を出し、湯浅さんに軽く
挨拶しました。湯浅さん曰く大瀧さんがキャディラックに乗っ
ているのは、車内の音響が非常にいいからということで、自分
もそんなに音がいいなら買っちゃおうと思って、ブロアムより
格下のコンコースを買ったものでした。音響は本当に抜群でした!!!

55101605_199311Cadillac Fleetwood Brougham(大瀧さんが乗ってたのと同型)

Ca_s006_f001_m006_1_l_2 Cadillac Concours(僕が乗ってたのと同型)

で、偶然にもその年に『ナイアガラで恋をして』という大瀧さん
のトリビュート・アルバムに参加するお話を戴いて、ラッツ&ス
ターに大瀧さんが提供した「Tシャツに口紅」をカヴァーさせて
戴いたのでございます。個人的にはあまり褒められた仕上がりで
はなく、「やはり大瀧さんの楽曲様はナイアガラ・サウンドじゃ
なきゃダメだ!!!」を実感したものでございます。つたないカヴァ
ーでしたが、演唱させて戴いて有り難うございました!!!

大瀧さんのご冥福を祈念申し上げます。

合掌

尾崎亜美オフィシャルサイト – “2013年、大晦日。

http://www.ozaki-amii.com/?page=2&p=diarylist

(一部引用)

お節や年越しパーティーの用意をしていたら、大瀧詠一さんが亡くなったとテレビで報道されました。

すごくお付き合いがあったわけではないのですが、大好きな先輩でした。

何年か前のことになりますが、大瀧詠一さんのトリビュートアルバムに参加させて頂き、ライブでも数曲歌わせて頂きました。

打ち上げでも上機嫌で「亜美ちゃん、冬のリヴィエラ持ち歌にしてよ。すごく良かったからさー」と嬉しい言葉をかけて下さいました。

心からのご冥福をお祈り致します。

最近訃報が多くて悲しいです。

今朝は早くからお節や年越しパーティーの用意をしています。

母もテーブルに座ったままできることを中心に手伝ってくれています。

この、なんでもない日常をできる限り大切にしていたいです。

大晦日|つじあやのオフィシャルブログ「つれづれアヤノブログ」Powered by Ameba

http://ameblo.jp/tsuji-ayano/entry-11740577433.html
(一部引用)

早く起きようと思ってたのに起きられるわけなく、お昼前。
そしてヤフーで知る大瀧詠一さんの訃報。
どれだけ大瀧さんの音楽に影響されたことか。
そしてどれだけ音楽は素晴らしいという事を教えてもらっただろうか。
その存在は大きすぎて、大きすぎて、大好きでした。

いろんな思いの中、今日も音楽を作っていました。
やっぱりあいかわらず作ってくしかない。
いつか大瀧さんみたいな、みんなに愛されるすごい曲を作れるように
来年も精進します。

snakefinger@ugtk

雑誌、書籍編集者を経て、現在は広告制作会社の映像プロデューサー。在野の音楽研究家として『電子音楽 in JAPAN』、インタビュー集『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』、共著『吹替洋画事典』などを上梓。ライナーを寄せた監修CDたくさん。基本、つぶやきは言い切り、相互連絡はですます口調でやってます。

大瀧さん 並外れた音楽知識と多芸多才/芸能速報/デイリースポーツ online

http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/12/31/0006607902.shtml
「ニューミュージック」という言葉を日本で初めて使った人物と言われる三浦氏が大瀧さん
の音楽知識の豊かさと多芸多才ぶりなど思い出をつづった。

大瀧詠一(本名・大滝栄一)さんの歌を最初に聴いたのは、1970年8月5日に発売された、はっぴいえんどのデビューアルバム(通称・ゆでめん)でした。1曲目の「春よ来い」を聴いたとたん、日本にもこんな凄(すご)いボーカリストがいるんだと衝撃を受けてしまったんです。

その後、高田渡さんやはっぴいえんどのレコーディングを通じて、彼のミュージシャンとしての才能はもちろん、並はずれた音楽の知識と多芸多才ぶりを知るようになります。
僕ははっぴいえんどの深い芸術的素養に裏打ちされた音楽は、レベルが高すぎて、大衆に理解されるまで時間が掛かるのではと思い、はっぴいえんどをより早く一般に認知してもらうためには、メンバーの中でも特にアメリカン・ポップスに精通し、誰にでも分かる甘く美しい楽曲を作れる大瀧さんを前面に出すことが得策ではと思うようになりました。そのことを彼に話すと「ほかのメンバーと相談して結論を出す」ということでした。

(以下引用略)

林達夫

A.Sakurai

林田健司

堂島孝平

湯川れい子

サエキけんぞう

高木完

カーネーション CARNATION

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

宮沢章夫

いとうせいこう

中森明夫


楠瀨克昌

つボイさん「大瀧詠一はフィル・スペクターの正倉院」#CBCラジオ

こないだ大滝詠一さんと会ってね、で、話きいてみたら、すげえ似てるとこあるんだよね、俺と。岩手で三沢のFEN聴きながら、太平洋沿いに自分の青春を勝手に作りあげちゃったと。そういう中で、音感とか情操観念とかを鍛えてきたわけでしょ。わかるんだよね。(桑田佳祐)

小林信彦『新編われわれはなぜ映画館にいるのか』を読みながら移動。植木等との対談での、クレージーキャッツがどういう状態の時でも愛してくれたのは小林信彦と大瀧詠一だ、という植木等の発言が好き。

大滝詠一さんが亡くなられたと・・・。大晦日の訃報に茫然としています。今年「蔵出し名画座」で放送した幾つもの作品、例えば「煉瓦女工」も「空想部落」も「麗春花」も「妻と女記者」も来月放送の「戦後派お化け大会」も、大滝さんの強い推薦があってのものでした。とにかく信じられません・・・

大滝詠一は貴重な映画探求者でもあった。成瀬巳喜男の『銀座化粧』『秋立ちぬ』のロケ場所を全て突き止め、橋関連のシンポジウムがあれば、橋の専門家に佐々木靖の『新女性問答』に登場する戦前の橋がどこかを質問する徹底ぶりだ。このフィールドワークがいつか本になってまとまると思っていたのだが。

NHk科学文化部

【明日に向けて・2】亡くなったミュージシャンの大滝詠一さんは岩手県の出身で、釜石市の旧釜石南高校に通っていました。震災の津波で夫を亡くした同級生に「With Love Always」ということばを添えて、CDを送り、励ましていたということです。

大瀧詠一が、成瀬巳喜男と小津安二郎の研究を趣味にしてた話の一端が聞ける音源。彼は「カラオケに歌手がいないように、映画に役者がいない世界をつくり、ロケ地を登場人物の視線で歩く」のが好きらしく「映画カラオケ」と名付けていたようです。 →http://www.youtube.com/watch?v=uY37ltXjY8M

今世紀最大著名なサイキッカー、それが大滝詠一。合掌…

随分昔だけど、何かの雑誌で大瀧さんがオイラが書いたザッパの”Zoot Allures-虚飾の魅惑”の解説を誉めてくれてたのを思い出した。まだアナログ盤の時代。レコ評だっか…大瀧さんはザッパも聴いてるんだなと、その時はおもったもんだけど…

J-POPの作曲史において、IIIm7の使い方を確立したのは、大瀧氏だと思う。

萩原健太

萩原健太
When My Niagara Moon Turns To Gold Again… | Kenta’s…Nothing But Pop!

http://nothingbutpop.wordpress.com/2014/01/04/when-my-niagara-moon-turns-to-gold-again/
引用略

大瀧詠一さん亡くなる – 渋谷陽一の「社長はつらいよ」 (2013/12/31) | ブログ | RO69(アールオーロック) – ロッキング・オンの音楽情報サイト

http://ro69.jp/blog/shibuya/94989

余りに突然の訃報に驚く。凄く先輩なイメージがあったが65歳、まだまだたくさんの仕事が期待できる年齢での人生のピリオドは、とても残念だ。
ポップ・ミュージックとは何かを本当に知っていて、それを生涯に渡って実践し貫いた偉大なアーティストだった。
大瀧さんにとってポップ・ミュージックの本質は無名性だった。その作品が誰のものであるかとは無縁のところで多くの人に支持され、愛されることが大瀧さんの求める理想のポップ・ミュージックだった。
「ア・ロング・バケィション」「イーチ・タイム」という天文学的なセールスを記録したアルバムは、その大瀧思想を現実化させた、日本ポップ・ミュージック史に残る金字塔と言える。
その時代、ありとあらゆるところで大瀧サウンドが流れ、ジャケットのイラストを目にした。しかし大瀧さんは全くメディアに登場せず、ライブもやらず、ひたすら表に出ない姿勢を貫いた。
「僕の作品が文房具みたいになるといいな。誰もが使い愛されるものでありながら、誰が作ったか分からないものがいいんだ」と大瀧さんはインタビューで話してくれた。
取材の時、顔が分かるように写真を撮られるのをとても嫌がられて、いつも苦労したのが印象に残っている。それでも僕は何度も取材のチャンスをいただくことが出来た。
その度にポップ・ミュージックとは何かという貴重なお話を聞くことが出来た。
こうした偉大な先輩を失うのは本当に残念だし、悲しい。
ご冥福をお祈りします。

糸井重里

ほぼ日刊イトイ新聞 – 大瀧詠一さんと、トリロー先生の話を。
http://www.1101.com/toriro/2006-01-18.html

くるり岸田繁

キンモクセイ

ピーター・バラカン

江口寿史

とり・みき

中村中

坂本美雨

すがやみつる

佐藤守弘

@bmonkey1966
視覚文化研究者。音楽愛好者。 京都精華大学教授。

大滝詠一さん葬儀に細野晴臣ら100人参列 – 最新ニュース – エンタメ – MSN

http://entertainment.jp.msn.com/general/%E5%A4%A7%E6%BB%9D%E8%A9%A0%E4%B8%80%E3%81%95%E3%82%93%E8%91%AC%E5%84%80%E3%81%AB%E7%B4%B0%E9%87%8E%E6%99%B4%E8%87%A3%E3%82%89100%E4%BA%BA%E5%8F%82%E5%88%97#tscptmt

昨年12月30日に解離性動脈瘤(りゅう)のため急死した歌手で音楽プロデューサーの大滝詠一さん(享年65)の葬儀・告別式が4日、都内の斎場で行われ た。大滝さんがかつて所属したバンド、はっぴいえんどのメンバー、作詞家松本隆氏(64)細野晴臣(66)鈴木茂(62)や独自レーベル「ナイアガラ」の 関係者、大滝さんがプロデュースを手掛けたラッツ&スターのメンバーら約100人が参列。式後、松本氏はツイッターで、細野、鈴木らとひつぎを抱えたこと などを明かした。また、多くのスタッフから「お別れの会」開催を要望する声があがっており、今年3月までの開催を検討しているという。

他にもいっぱいあるはず。

関係者が大滝詠一師匠について語ったものの書き起こしとかラジオ関係者のツイートとか。

知ってたら教えてください。追加します。

その他

「大滝詠一の日本ポップス伝」の曲名を年表にしてみる http://wp.me/p2Wvji-bS

長嶋氏の大ファン大瀧詠一さん おさい銭33円 (スポニチアネックス) – Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140101-00000003-spnannex-ent&utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

自宅にはCS放送がまだ珍しかった90年代から、関西ローカルの野球中継などを録画。テレビアンテナを何本も立て、近くの米軍横田基地の関係者から不審がられたこともあった。「真のファンはあえて生の姿を見ない。ありとあらゆる長嶋さんに関するデータを集めることで、長嶋茂雄はどう考えるのか、どう対応するかを推理する。長嶋茂雄以上に長嶋茂雄になることが真の楽しみ方」と語っていた。

1/5:10人ほど追加しました。
1/8:更に色々追加しました。
今日小林信彦が文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」に出演したが大滝詠一の話しは出なかった。新刊の宣伝が目的であることと(恐らく)大竹まことに興味がないからだろうけど残念。http://www.joqr.net/blog/main/

2014年01月08日(水)萩原健太「追悼・大瀧詠一さん」Session袋とじ – 荻上チキ・Session-22
http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/01/20140108session.html

1/21:追加

「細野晴臣 daisy holiday!」 友人・大滝詠一を語る夜 トーク部分のみhttp://youtu.be/dw6qRA-f9Ig

1/31:追記

1/14 ゲスト:湯浅学さん(音楽評論家): 真夜中のハーリー&レイス|AM1422kHzラジオ日本
http://blog.jorf.co.jp/bijuuradio/2014/01/114-0d82.html

今回はいつもの防衛戦をお休みして、 大滝詠一さんの伝説のラジオ番組「GO!GO!NIAGARA」をトリビュートしました。「同じラジオ日本(ラジオ関東)、そして同じ時間帯だから」と、 追悼の意、そしてその精神を受け継ぎたいと、今回の企画に並々ならぬ決意で臨んだ清野茂樹氏のほとばしるパトスをお感じください!ゲスト:湯浅学さん コ メント:サエキけんぞうさん 荒木久文さん(ラジ関時代の「GO!GO!NIAGARA」担当)

 

2014/8/30追記
大滝詠一さんしのび30日音楽祭・奥州 | 河北新報オンラインニュース
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201408/20140827_35036.html

釜石南高(現釜石高)時代にバンドを一緒に組んでいた釜石鉄の歴史館館長の佐々木諭さん(66)が、当時の思い出を語る。
大滝さんは江刺区で小学4年まで過ごした。当日は、大滝さんが同区の親族に送った手紙2通が初公開される。
大ヒットしたアルバム「A LONG VACATION」を発表した1982年の手紙には「少しは一般の方々に解(わか)ってもらえるような音楽が作れるようになりました」とある。テレビなどにほとんど出演しなかったアーティストの素顔を垣間見ることができる。

大滝詠一を偲ぶ<お別れ会>開催。鈴木茂「大滝さんとの対話は幸せな時間だった」 | 大瀧詠一 | BARKS音楽ニュース
http://www.barks.jp/news/?id=1000101692

■主な参列者コメント

杉真理:とにかく知識が深いのとユーモアのある方でした。どんな困難にぶつかっても必ず大滝さんはユーモアで乗り切っておられました。僕を仲間に入れてくれて本当にありがとうございます。光栄でした。

佐野史郎:皆さんの貴重なお話を伺い、貴重な映像も拝見させていただき、初めて大滝さんの歌を聴いたときのことや、初めてお会いしたとき、またここ10数 年は年に一度は必ずお会いしてお話したことを思い出していました。日本映画にも精通していらしたので、僕が出演しているドラマや映画について、ときには厳 しい言葉もいただきました。直接音楽のプロデュースなどしていただいたわけではないですが、そういう意味で師にあたる人だったと思います。

甲斐よしひろ:ラジオなど公の場でご一緒することはほとんどなかったのですが、レコーディングスタジオでばったりと出くわすことがあり、その時は音楽の話ではなく、ドラマとか映画、お笑いの話など気付けば立ち話を2~3時間してました。

清水ミチコ:今日はお葬式のときとは違って、落ち着いてお別れを言うことが出来ました。ああいう風に楽しげに歌っている大滝さんの映像を観るのは初めて だったので驚きました。大滝さんは人を驚かせるのが好きな方で、私の実家(飛騨高山)に居る写真をいきなり見せてきたこともありました。お笑いもすごく詳 しかったので私のライブも観に来ていただきましたし、レコーディング時にもアドバイスをいただくなど、音楽的な偉大な先輩であり、たくさん叱っていただい た恩人です。

 
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投稿者: : 2014/01/04 投稿先 芸能, Music, Twitter

 
 
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