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南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか 笠原 十九司著(平凡社新書)

23 3月

100田先生が南京大虐殺は無かったというので図書館から借りて読んでみた。

南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか (平凡社新書)

 

読んだ結果、南京大虐殺はあったということらしい。本書から引用すると次の通りだそうだ。

南京大虐殺が「あったか」「なかったか」レベルはすでに学問的な「決着」はついたといえる。議論が残されているとすれば、南京事件の規模の問題、すなわち犠牲者総数の問題であり、それを議論するための事件の定義(地域、期限、行為など)の確認の問題である。これらの課題は本来ならば、センセーショナルではなく、学問的。歴史的論争が可能な問題である。

学問的論争が終わってもなお出てくる反論は学問的なところとは違うところから出てくるのでなかなか終わらない、とのこと。

そして南京大虐殺「なかった」説の殆どの言説は東京裁判にて松井石根中支那方面軍司令官の弁護人が主張した内容を元にしておりすべて反論されているらしい。今あるのはそのバリエーションでしかない。そのパターンは次の通り。

伝聞証拠説
中国兵・中国人犯行説
便衣兵・便衣隊潜伏説
埋葬資料うさんくさい説
南京人口20万人説
戦争につきもの説
略奪ではなく挑発・調達説
大量強姦否定説
中国の宣伝謀略説
中国とアメリカの情報戦略説

これらは「ホロコーストなかった説」と似たパターンのような気もするが、当然それらもすべて反論されている。

東京裁判に否定的な見解を持つことで有名なパール判事も

パール判事は南京暴行事件の事実は立証されたと認定したうえで、しかし、刑事上の責任を問い、松井を「不作為の責任」で死刑するのは証拠不十分のため不可能であると反対したのである。

と事実認定は行っており、「なかった」派には味方になってくれない。

また当時報道がされなかった、という100田説については「ニューヨーク・タイムズ(1937年12月19日)」「フィナンシャル・タイムズ」などが既に報道しており、事実誤認らしい。

 

それでも「なかった」説派は「著者の学説が誤っている」という説を唱ているらしいが。「笠原 南京大虐殺」で検索すると反論誹謗中傷・罵詈・雑言ばかりらしいが「Kasahara  Nanking」で検索すると全く別の評価が見られるとのこと。

私自身、戦争中の歴史に詳しくなくても

「戦争中に敵の軍隊が来て誰も死なないはずがない。大虐殺と名付けるかはどうか別にして死者がゼロ人とは考えにくい。」

と思っていた。

どうもこの手の歴史修正主義者たちの言動がいやーな感じがするのは、それなりの責任を持たずに結論を出しているような気がするからだ。私自身匿名のツイッターでもそれなりに覚悟してツイートしてる。作家である100田先生ならなおさらのことと思うがそこには覚悟が足りない気がしてる。

 

6/19追記:また言っておられるようだ。

BqfuVnWCEAEVstt

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投稿者: : 2014/03/23 投稿先 政治, , 事件・事故

 

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