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麻原彰晃の誕生 (文春新書)高山 文彦著

06 6月

麻原彰晃の誕生 (文春新書)

菊地容疑者の逮捕で色々な動きや陰謀論が渦巻く中、本書を読んでみた。正直なところ、菊地容疑者逮捕前に図書館で借りてまだ返してない。あまりのタイミングに自分でも驚く。

松本死刑囚の出生から事件を起こし逮捕されるまで、筆者は丹念に取材している。同級生にお菓子を上げてまでして生徒会長に立候補して落選した話。当時の教諭が語った、

「智津夫にあるのは自己主張だけでした。最後にのこったものは、あきらめなんです。指導できなかったと言う挫折感があれば、まだ救われるんですよ。挫折感を懐くということは、生徒になんらのかたちでこちらの思いが伝わった事実があったということですから。」

代々木ゼミナールでの妻との出会い、薬事法で逮捕された際の担当刑事の対応と検察の対応の鈍さ、西山毅夫(現祥雲)との出会いと「副教祖にしてくれ」と請願した話、ヒヒイロカネと酒井勝軍と竹内文書との出会いを経てたどり着いたハルマゲドン、空中浮揚写真をマスコミに売り込みうまくいった話、その後、空中浮揚写真をカメラマンから奪おうとした話、教団が大きくなるにつれて尊大になる教祖、ダライ・マラへの接近etc

ちなみに麻原がヒヒイロカネと信じたものは「餅石」と呼ばれる簡単に手に入るものであった。

これまで知らない”オウム”以前の話が山盛り。

面白いエピソードとしては「真理教」の命名の理由。

京都の一部では知らない人の居ない目川探偵に天理教の経営状態の調査を依頼したあと、再度訪問した麻原は「教団の名前はどんなのがいいですかね」ときかれ、目川は天理教に因んで「あいり教、いんり教、うんり教・・・」とあ行から順にならべていき、いきついたのが「しんり教」で「真理教ですか。なかなかいいですね」という理由で決めた、というエピソード。結構いい加減だ。(そして調査料は踏み倒されたとのこと。)

ポア=殺人ということ場を使ったのは1987年1月。1994年の説法では「真理に反するものは、はやく殺すほうがいい。殺されるものも高いところへ転生する。(略)1997年に日本を支配する王として君臨するヴィジョンを見た。これが神の啓示だった。そして2003年年までには、世界の大半がオウムになるだろう」と語る。

当然オウムが望む2003年は来なかった。

サリン事件当時、「なぜあそこまで行ってしまったのか」と評論されたが、私が印象に残っているのは「仏教学者や宗教学者がオウムの教えに正面から向かい合って教義の検証や間違いを正さなかったから」という説。仏教とチベット密教とオリジナルの混同。ポアの意味などは数年後に海外の宗教学者の訳本にて初めて分かった位だった。

麻原の強烈な自我と付いて行った信者、ある種の悪運。

NHKの特集でサリンの製造量が70億人の殺傷能力を持っていたと聞いてビックリしてしまった。自分以外は全員殺そうとしていたという想像を超えた欲。

もうすぐ歴史的な事件になりつつある。私が3億円事件を本を読むしか知る手立てが無いのと同じように今の10・20代は知らない。

 

 

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投稿者: : 2012/06/06 投稿先 BOOK, TV, 事件・事故

 

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