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1985年のクラッシュ・ギャルズ

29 4月

1985年のクラッシュ・ギャルズ

「1976年のアントニオ猪木」を書いた著者のプロレス・ノンフィクション

ノンフィクション部分とその頃親衛隊をしていた千草ファン(現在はライター)の思い出の2つが交差するように書かれており、非常に読みやすい。

タイトルの”1985年”というのはクラッシュ・ギャルズの全盛期で、ダンプ松本に長与千草が髪を切られた年のことでその前後も書かれている。その後2009年に全女の経営者が無くなり、2011年に千草がドッグ・カフェを開店するまで記録されている。

気になったのは、”フィジカル・エリート”の飛鳥に対してコンプレックスに近い感情をいだいていた千草が、初めてプロレス業界以外の友人が「元アイドルのロックスター」という描写がある。最終的千草は数千万というお金をその「元アイドル・・・」に貢ぎ貯金が一切なくなったという描写。1986年前後と思われるが「元アイドルのロックシンガー」全く思いつかない。菊池桃子と元リンドバーグのボーカルくらいしか思いつかない。結局、千草が自殺を思いとどまった時以降連絡を取っておらず、ジャガー横田から「悪い友達」と言われている。

あと、19997年の飛鳥VS冬木戦と時のケーフェイの描写。

「男子プロレスラーは技を左中心にかけるが女子プロレスラーは右中心でプロレスが成立しない。

「冬木さん、自分は右しかできないです」

「全然問題ないよ。俺が合わせるから。どんな技を使うの?」

「冬木さんに使えるのはフライング・ニールとかムーンサルト・プレス、腕ひしぎ逆十時くらいです」

「わかった。それでいいよ」

”すごく簡単な打ち合わせだった。”という著者の描写なのだが冬木は全て千種に合わせて試合を行い、

「冬木さんは本当に凄いプロレスラーだった」

と言って心から尊敬してる。

淡々と書かれているが、結構リアルな描写。

それに加えて、最初に書かれる全女の暗黙もルール。

千草はつかこうへいの舞台に立った時、つかこうへいにもたれかかって寝てしまい、この一件で一気に信頼した・・・etc

ノンフィクションに信憑性を与えるのが志生野アナウンサーの証言。文中では少ししか証言しないが著者は結構な取材・インタビューをしたと思う。ある意味第三者であり、歴史を知ってるだけに視点が違う「全女の暗黙のルールを持ち込んだのは清美川梅之である」など、証言は貴重である。

「1993年の女子プロレス」の前章として読むには最高の本、その後「1993年~」の最後にある年表を読みながら本編を読むのが分かりやすい読み方が出来たと思う。私は順番を間違えた。

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投稿者: : 2012/04/29 投稿先 BOOK

 

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