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「大谷ノブ彦の #WOWOW ぷらすと 落語の未来」(出演:サンキュータツオ×マキタスポーツ×タイノジ大谷)

13 4月

大谷ノブ彦のWOWOWぷらすと 落語の未来

(出演:サンキュータツオ×マキタスポーツ×タイノジ大谷×あさのかよこ)

上杉VS町山と同じようにテキスト起こししようと思っが難しい。
しかし話は上杉VS町山とは全く違うベクトルが違うオモシロさがあった。

一部内容は、

徹子VSローラとダイノジ大谷さんVSサンキュータツオさん – お笑い評論家・コーイチ☆ローのブログ

ダイノジ大谷さんが語る松本人志さん著『遺書』の嘘 – お笑い評論家・コーイチ☆ローのブログ

に起こしがある。そちらを借用した。(借用部分は青字)

3人が表題の内容に対しての熱い思いがほとばしり、聞き込み過ぎてしまって書込みが難しい回だった。

キーワード

ニコニコ生放送で行った大喜利が面白い/ソーシャルネットワークと落語/ツッコミありき/スピード/R-1/ピン芸/R-1の煮え切らなさ/3分と4分の違い/タレントを作るため/スターが生まれてない/物語性/瞬発力/アイデンティー/1年に1回は早すぎる/R-1はキャラ1/ミスリードがある。/さんまのまんまのお正月今田のプレゼンテーション/ゾンビ映画の不思議/フォーマット/映画的世界観/語ることに意味がある/吉本でのネットの嫌われ方/関西弁の風当り/吉本興業のシェア率/吉本だと笑わない客/レギュレーションの杜撰さ

大谷さん:見てる人のツッコミ有りきで見るとこんなに面白いのか、寄席小屋に言ったら皆こんな風に考えているのかと思った。マンザイには殆ど書き込みが無かったが落語は書込みがしやすい。ソーシャルネットワークに合ってるコンテンツではないか?
マキタさん:R-1もそういった形式を見せていったほうがいいのでは。

大谷さん:なるほどね。ニコファーレで。

マキタさん:話は変わるけど、R-1って何か煮えきらん感じがあるじゃん。ピン芸人ばっかり見せていったときにさぁ

大谷さん:元々落語のRだったらね。(そうなんだ)まさにTVとは逆で落語の間ではどうしても出来ない。4分でやれというのはどうしても出来ない。TVパッケージにしたときに数字の問題だろうね。今R-1が抱えているジレンマだと思う。だから意図的だと思うんだけどやっぱりネームバリューがある人が残っちゃう。

マキタさん決勝の決勝なんかはどっちともコンビの人だよ。

大谷さん:そうだよね。

マキタさん:杉ちゃんにしても10年以上メカドックってコンビやってた人だよね。生粋のピン芸で言ったら友近・・・

(コメント:R-1のことは忘れろ)

マキタさん:忘れるか!俺の代わりに出たAMEMIYAがあんなにスベリたおしてんだぞ!俺庇ってやりたいわ。何で選んだんだよ。

タツオさん:ちょっと可哀想だよね。

マキタさん:可哀想だよ。あれホント。

大谷さん:俺見てないんだね俺は俺はホント

タツオさん:見て無いんかい(笑)

マキタさん:いい声だよ。大谷が見てなかったというのは何をかいわんやじゃないですか。タツオ君は?

タツオさん:俺半分だけ(笑)

マキタさん:タツオも半分なんだ。

タツオさん:だって結果見なくてもだいたい分かるじゃん。裏優勝は杉ちゃんだって誰が見ても。始まる前からわかってるよ。たかが3分ですよ。

4分と3分の差は大きいよ。今まで決勝4分だったのが3分になった。ピン芸人は、いかに世界観を作るかっていうことに命懸けてる人たちなのに、3分ではできないよ。そしたらもう、キャラ芸で、一言で落としていく形しかないから

大谷さん「うんうん」

タツオさん「これバカリズム出たって勝てないよ」

大谷さん「(軽くうなずく)」

タツオさん「これ逆に、R-1やるんだったらですよ。THE MANZAI見てね、うらやましかったのかもしれない。だから12組にしたのかもしれない。だけど逆にR-1は、一組5分とか…8分持たしてもいいかもしれない。どっちが波及力あるかって言ったらそれくらいのことやらないと話題にならないと思う」
大谷さん「それは、絶対に違うよ」
大谷さん「なんのためにR-1やんの? タレント作るためでしょ? いい芸をしっかり見せたいっていう理想論なんか、全く持ってないよ。テレビの中で芸人ができることって、短時間で何を返すかでしょ? それがほしいだけでしょ、ピン芸人って(略)理想論を求めるならNHKでやりゃいいじゃんて思うわけ」
タツオさん「でも地上波でやっててR-1今までスター産んでないじゃないですか」
大谷さん「それは…R-1自体を広く否定しなきゃいけなくなるんで…あー、いけないいけない!(口を押える)」
一同「(笑)」

大谷さん:でも、要は華丸大吉さんとかほっしゃんさんとかは、物語性も含めてちゃんとタレントして発見させられたわけでしょう。それは絶対あったと思うの。俺はやっぱりピン芸人の面白さは瞬発力見たいな物というのは、実は一緒だと思ってんの。分かるこれ?

(うん)

マキタさん:ずっと変わらないと思う。

(うんわかる)

大谷さん:だからそれ自体を毎年やったところで同じものなんだと思う。一発屋芸人も含めてすべて同じ理論だと思ってるんだわ。さっき言った通り10分とか15分とかで初めてその違いや色が出てくると思う。もっと言っちゃうとその人の思想だったりイズムだったりアイデンティティとかもネタの作り方とか含めて全部出てくるものだと思う。バカリズムさんとか全く逆でTVバジェットとかが持ってる面白いエンターテイメントのコンテンツにがっちり一致するように居た人だと思う、大喜利であったり。

だから他の人でも仕組みは同じだと思う。1年に1回というサイクルは短すぎるよ。どれもそんなに変わんないよ。俺もホントそれ思うの。ピン芸の大会って4年に1回で良いと思ってるの。

タツオさん:オリンピックで良いと思う。

マキタさん:今言ってる理想論的な形でピン芸を評価する場は別に設けて欲しい。今のR-1はいじられしろ1だから。単なるキャラ-1であり、そういうことだからさぁ。あのねじれは見てて気持ち悪いなぁ。

タツオさん:そこはキャラ1と言ってくれたほうがいい。ミスリードがあるわけ。ピン芸の日本一、これで面白かった人はピン芸で一番面白いですよみたいに思わせようとしてるじゃない。それがやっぱズルイんだよね。

大谷さん:でもその箔の付け方しなかったら、広告なんて乗らないですよ。

タツオさん:じゃあ大谷さん何でR-1からスターが生まれないの?

大谷さん:生まれてるって。ほっしゃんさんの出てるって。

タツオさん:生まれてます?

大谷さん:好捕してるんだって。全く構図は一緒なんだって。その仕組みは毎年やったって一緒なんだって。出てくる芸人さんは一緒なんだって。1人で出てきてて振りも全部1人で出来てて振られたらそこで全部返すというやり方あるだけだと思う。それは逆にR-1というフォーマットを通さなくても。例えば「さんまのまんま」で今田さんが出てきてプレゼンテーションするっていうのも全部一緒だと思ってんの。

タツオさん:じゃあネタをしっかりやるのが理想論だったら落語の未来は無いですよね?

大谷さん:だからさっき言ったようなニコ生みたいなツッコミありきの中で成立しとけばいいんじゃないかと思ってるのと・・・

タツオさん:ニコ生でしか楽しめない芸能ですよね?

大谷さん:いや、なんか映画っぽいことだと思ってるだよね。ゾンビの話をした時にゾンビって不思議な映画だなって話をしてて何でこんなに夢中なのか?って。ゾンビってフォーマット決まってんの。

マキタさん:そうだね。様式美があるもんね。

タツオさん:ロメオ的な。

大谷さん:ロメオが作ったルールがあるわけ。人の肉喰らうとか。じゃあそこさえ守ればあと大喜利でどんどんどんどん自分たちでアレンジしていくわね。イギリスでやったらどうなるか、日本でやって風習入れたらどうなるかとか、もっとサブカルっぽく美少女だけ出てきたらどうかってやってきたことに世界中でファンが居るわけ。凄い落語的だなと思って。

マキタさん:なるほど。1つの世界観で色んなバリエーションがある、といことね。

大谷さん:じゃあ、今そこらへん歩いてるOLが知ってるかシラネエけど確実にある種の結果は残してる。だからそういうやっぱ生き残り方になるんじゃないのかな。

マキタさん:エリアとしてはTVじゃなくて映画として残ってる?

大谷さん:そうそう、あれ特殊な空間じゃん。映画館行って暗がりで。

マキタさん:落語もそうって事ですね。

大谷さん:落語もそういう感じでそんなに未来が無いわけじゃないかなと。これは結論になっちゃうけど。それこそ、こういう風に語ることによって何か意味がある。あと物語性を自分でつまはじき出来るということ。今回のR-1で言うと吉本のネットでの嫌われ方が凄くあって。例えば多田さんが木村さんの1票で決まったでしょ?

タツオさん:穿った見方過ぎでしょ?

大谷さん:でもネットのリアルな意見としてはそれでしょ?

タツオさん:でも・・・ネットやってる人って特殊な人だからねぇ。

大谷さん:俺はリアルな空気として感じてる。というか吉本の芸人みんな感じてて某有名司会者の人なんかは「最近関西弁の風当たりがキツイと凄く感じる時がある、って言う人も居るんだって。。俺もこのアンチの数なかなかだな、と思うわけ。次の日の番組でひっぱりだこにあるのは杉ちゃんなわけだよね。苦労の積み重ね分とハイハイの出方の似てると思う。

タツオさん:だだね、普通に考えてみたら業界内シェアで言えばR-1にしろTHE MANZAIしろ、9割がた吉本が出てないとおかしいですよ。これ普通のシェア通りの確率で言えばですよ、しかもほぼ主催が吉本興業なんですよ。なのに他事務所の人間を入れてるだけで大盤振る舞いなわけですよ。そこをなんで飲み込まないかっていう話ですよね。最終に吉本同士だから点を入れたとか言って喜んでる人だちは。だったらもう少し業界内シェアを反映させた大会にしなきゃ駄目でしょと思いますよね。

大谷さん:まぁそこのパワーバランスみたいなのが変な感じになってるよね。THE MANZAIしろR-1にしろ。

タツオさん:なってるよ。だっておかしいでしょ。

大谷さん:準決勝で吉本同士だったら笑わないとか。結構キツイなぁとか思いましたけどね。過剰な反応をしてる人は一杯いるよね。

マキタさん:でもピン芸人のど真ん中に居る人ってそんなに吉本ばっかりじゃないと思うけどな。決勝のラインナップとかそうなんだよね。その点では割と平等なんだけど。けどR-1はちょっとレギュレーションがおかし過ぎる。

タツオさん:まぁそうだね。杜撰だね。

大谷さん:そこは杜撰だなって思う。だからピン芸人を育てようという気はない訳だからこっちが色々と考えなくちゃいけない。

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リンク:参考:東京ポッド許可局 : 【第223回“R-1ぐらんぷり2012”論】
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キーワード
桂文珍/大助花子/ピン芸としての完成体/一体になる快感・お客さんとの会話/DJは落語に近い/批評芸・エディット芸/多数の人への笑いと好きな人は分かる笑い/自虐/R-1のジレンマ

大谷さん:ちょっと落語の話に戻って、文珍師匠の国立演芸場の独演会とか毎年見に行くんだけど1千人に超えた人を笑わせるものの凄さというものを見るときに漫才と落語では圧倒的に落語の方が伝わってる感はする。

(一同へぇー)

大谷さん:やっぱり「こんなうけるんだ!」みたいな。吉本での笑い話なんだけど、一時期大助師匠が心筋梗塞になられて大助花子師匠で3回公演やっててほんとは3回出なきゃいけないけど大助師匠が御身体悪いから2回だけにして3回目は花子師匠がピンでやってたの。それは朝からの1回、2回すべての公演の中で若手も含めて一番うけるのがそこ。花子師匠の漫談だよ?それはもう俺から言わせれば「花子師匠もうピンでやった方が・・・」って。でも矜持として違うんだよね。やっぱり喋ってるのは大助師匠のエピソードなんだからっていうのもあるんだけど。俺は偶にピン芸人のMAXのパワーを感じた時にがあるけどね。数が多ければ多いほど。偶にこれが出来るようになりたいな、凄い思う。

タツオさん:単純に笑い待ちというか落としてからドーンと笑いが来る、お客さんとの会話がし易いというのは落語ですよね。やっぱり漫才っていうのは2人いるからツっこんで成立とか考えると、本来はボケ面白い、ツッコミさらにもう1コ欲しいんだけど大きさによってボケ・ツッコミで1笑いになるのか、ボケ笑い、ツッコミ笑いになるのかそこの間合いの調整が凄く難しいですし情報が多すぎるんですよね。本来だったら自分でオチまで言って笑わせて、アメリカのスタンダップ・コメディーに近いようなビルド・アップとオチがあるような笑わせ方が一番響きやすいんですよ。文珍師匠の「老婆の休日」なんか最高傑作ですけど、ピン芸だと綾小路きみまろという人が居るわけですよ。

大谷さん:あれは凄いねぇ。ホント。

タツオさん:きみまろさんも受け方半端ないわけです。僕が知ってる限りこっちだとローカル岡さん、凄い受け方ですよ。その延長線上で言うと三遊亭歌乃輔とか円歌一門ですけどそこらへんがすべり知らずなわけですよ。CDも異様に売れる。このピン芸としての完成体としてお客さんとの会話出来る笑いのあり方が落語の未来を背負ってると思うんですよね。

マキタさんそれ、やっぱライブだよな?

タツオさん:ライブ。

マキタさん:そういう点ではソーシャルメディアの方がいいんだ。

タツオさん:どうなんだろうな・・・

マキタさん:TVでは駄目だもんな。

タツオさん:そうそう。

マキタさん:俺ね、ピン芸でやってる時の一番最初の快感って場を制したというかみんなが一体になったっていう瞬間が分かるの。1人でやってて独り占めの状態で、向こうが集団で一人格であたかも喋らずとも会話が成立してるっていう。

大谷さん:そこはお客さんとの会話だよね。

マキタさん:それなった瞬間は気持ち良いというか、何だろうな、何とも言えない気持ちになる。そこに至るまでが大変だしやりがいのあるところなのかなと。

大谷さん:俺DJやってるじゃん。DJっていうのは凄い落語に近いのよね。

(へぇー)

タツオさん:何で?

大谷さん:批評芸だから。

マキタさん:なるほどね。

大谷さん:鹿野さんに言われて思うのは「お前が掛けたらお前の曲だもんな」って言うわけ。凄い濃厚なエキスがあるから。

マキタさん:演出があって、トータル、エディットしてるってことだよね。

大谷さん:そう、演出ですよ。で、その気持ちを1つにしてることが楽しいって初めてだったの。コントっていうのは憑依しちゃって。若手の時は一番好きだったわけ。違う人になりきってきてあとはその人たちに任せますよって。やっぱり好きな人が多いわけ。この間久々にコントライブをコント作家のオオイヨウイチ君に書いてもらって100人位のシアターでやったんだけど凄い楽しくて。でも正直な話、最近の俺たちの芸風で言うところの多数の人の笑いを取っていくという笑いではなく好きな人はこれ好きだろうなという、初期に俺たちがやってたスタイルを久々にやったの。これはこれで凄い面白かった。でアンケートみたら評判が良いだよね。不思議だなと思って。笑ってる量で言えば普段の方が全然上なの。両方の演芸のスタイルが全く違うなと思ってて。
それからもう1つ思うのは、R-1とかってコンテスト形式にしてM-1みたいに過程みたいなものをオープニングの映像で演出しちゃって出てきた時に自虐やるとスイッチ切り替わんなくならないっすか?漫才には何か往々しいスタイルとお客さんと嘘を共有する感を兼ね備えてる気がするの。ピン芸人って生き様も含めて自虐を入れるところを上手く機能させなかったら難しいなと。R-1って最初にタキシードなんか着て、それが最初の持ちネタみたいに見えちゃって。そこからネタに入るのって。もっと自然に見たかったなって。

マキタさん:なんだろうね、あれ。成り立たない感じはありますよね。片道切符みたいな感じだもんね。

大谷さん:そうそう、それが違和感を感じちゃう。落語家でも力の抜けてる人がすっと入って来て、すーっと話し始めて、気付いたら笑っててバンバンってなった時に「わぁカッコいい」と思ってる自分が居るわけ。

タツオさん:かっこいいです。

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すべらない話と落語の構造の違い/話者の語りとプロット/会話の再現(筋と再現と想像)/落語は想像しなければならない/R-1のジレンマ

マキタさん:この間、タツオに聞いた話なんだけどね、「すべらない話」と落語ってだいたい同じものと思ってたんだけど、構造はやや違う、と。ドラマツルギーで話してるのがすべらない話なんだけど笑いを取ってる場所が違うんだよな。世界の中の会話とかのやり取りとか。よくよく聞いてみたらなるほどなって。話者で推し進めていくのがすべらない話。

タツオさん:「すべらない話」って筋なんですよね。プロットなんですよ。オチに至るまでを極力絞っていくという編集芸でもあるんですけど、落語って筋じゃないんですよ。なんでかというと会話の再現がメインになってるんですよ。

マキタさん:再現がメインになってて面白くなるんだけど、画面上に出てくると齟齬が生まれ易い。ライブではいいよね、様式とか込みで。そこが飲み込めるし乗っていけるんだけど、画面上で見たものはあんまり乗っていけない。原因はなんなの?

タツオさん:想像しなければいけないんですよ。やってる作業が再現なので。TVだろうがなんだろうが、想像しない人には絶対に伝わらないですね。八つぁんがこっち向いて喋って、熊さんがこっち向いて喋ってる絵を頭の中で想像しないと「今2人が会話してる」って。そうしないと付いていけない芸なんです。それは画面越しだろうがなんだろうが寄席に居ようが。寄席に居るほうが強制的に想像はするんです。想像しやすい環境にあるってだけで頭を使うことは確かなんですね。だからこそTVとの相性は良くないはずが、だったら頭使った分だけ出力した方がいいじゃんというのがニコ生での見方だと思うんですよね。お客さんとの会話を楽しんじゃえばいいじゃん、という。一方で頭を使うからこそ落語は面白いんだっていう落語家さんがいるわけですよ。スポーツした後、身体疲れるけどそれって心地よい疲れ方だっていうのと同じように落語というのは頭のスポーツなんだ。だから何度同じ話をしても面白いのは、話が面白いじゃなくて再現して頭の中で想像する・構成する頭の中のスポーツだっていうロジックなんですよね。

大谷さん:だからそれR-1の答えじゃん。そういう意味も込めてR-1って付けたんだったら凄いよね。R-1のジレンマってそういうことでしょ。だってTVじゃ出来ないってことなんだから。

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松本人志/マルクスブラザーズ/シティーボーイズ/べたが分かった上で/仮想敵としてのNGK/パッケージング/じじいばばあに分からないという喜び/NGKで一番受けた芸人/裏側をしゃべっちゃう俺ってどうななんだ。/プロレスの魅力の複雑化/すべらない話と落語の違い(筋と再現と想像)/過剰さ(過剰と戦略)/宮川大輔/落語家がTV出る場合の戦略の必要性

大谷さん「この間宮沢章夫さんと話してて。大阪時代のマルクスブラザーズの上映会とか、吉本の芸人で来てたの、松本さんだけだって。宮沢さんがやったやつ。東京だったらケラさんが観に来てたやつとか。でも松本さん言わなかった。東京だと、シティボーイズさんのライブとか行ってたんだけど、言わなかった。吉本の土着的なベタをわかった上で、東京の、あの当時のサブカルチャー的なものを研究して研究してしっかりパッケージをしたと思うんだよね」
大谷さん「吉本の古株の社員から聞いた話で、本当かどうかわからない。そしてこんなことを言うことが粋なことかわからないけど…NGK、じじいばばあの前でダウンタウンさん、めちゃめちゃウケてたって」

マキタさん「俺それ聞いたことある。まずスベったことないらしいんだよ。あの人たちって」

大谷さん「ちゃんとNGK用のネタがあって(ウケてるんだけど)二丁目劇場の女のコたちの前で『花月でスベってきた』っていうと、女のコ達が『私たちのダウンタウン』てなる」

大谷さん「ある芸人さんに、『結局今までNGKで一番ウケたの誰なんすかね』って聞いたら、『それはダウンタウンやな』って言われて『え? めっちゃスベってたって本に書いてあったんですけど』って言ったら、『ああ、あれ嘘やな』って言ってた」

浅野かやさん「かっこいい~」

大谷さん:つまり自分達というアイコンをどう見せるかとか自分達のイズムとか浸透させるためにはどうしたら良いかって。他の人と異質でありたい本物感を植えるためにはどうしたら良いかって。最初から意図的に考えられてたんだとしたらそれこそIPPONグランプリ一番の答えなんじゃないかって、って裏側をペラペラしゃべる俺ってどうなんだ?(笑)
(一同笑う)

「反省してどうする!」(笑)

大谷さん:プロレスの魅力の複雑化したようにこういう風に裏側を喋っちゃうという生き道しか俺は無いと思ってる。

タツオさん:そんなことないですよ。まだまだ大谷さんメジャーで行けますよ。

大谷さん:ちょっと、タツオ君。そういう話後で五反田の居酒屋で聞かせて。リアクション取れないから、俺。
(一同笑い)

大谷さん:こういうところがかわいいでしょ、俺。

タツオさん:自分でいうな(笑)

大谷さん:やっぱりこれからの時代っていうのは噺家さんも含めて、落語の見方もレクチャー出来たり様式美とか伝えることも出来るのも大事かなって思う。さっきの「すべらない話」ってタイトルが凄いし。あそこって落語と違うのは過剰が入るでしょ?再現で言うと宮川大輔さんとか再現芸じゃん。だけどあの過剰さってTVタレントのそれだよね。

タツオさん:そうなんですよ。宮川大輔さんって落語に近いですよね。

大谷さん:前、噺家さんが1回出たよね。あんまり跳ねなっかった。あれ噺家のトーンで喋ってるだよね。出るからにはある種の過剰さが必要なのかなって思ったときに噺家の人達ももし落語家さんもTVというフォーマットにするときにそれに転化する戦略とコピーは絶対容易しないといけないのかなって気がする。

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落語家は淘汰されず才能が枯渇している/修行を積むとウケてしまう/本来落語は面白い人が乗りこなして面白い/笑福亭鶴瓶/漫談、すべらない話から落語へ/私落語/エピソードトーク=「すべらない話」/間接話法/再現芸/死神のギミック/勝手に想像していた登場人物を落語家が設定を変える/元々面白い人がやる落語は面白いに決まってる/落語オタク/古典と現代を繋ぐのはまくら/フリートークとしてのまくら/まくら-1グランプリ/落語という本編は退化している・客のレベルが下がってる/落語家がやる「すべらない話」はタレントに勝てない

タツオさん:僕は落語愛好者の人には嫌われると思うんですけど、落語は好きなんですけど落語家みんな嫌いなんです。落語ファンみんな大嫌いなんです。
まず落語家って淘汰されていないんですね。で今圧倒的に才能が枯渇してる時代なんです。単に落語マニアの落研さん上がりが落語家になってるんです。言い換えると野球が好きだからプロ野球選手になりたいってなれちゃってる業界です。普通はなれないです。淘汰もされていないので面白くも無いオタクの人が落語をやってます。ただ古典落語というのがあるので、野球のスポーツなんかと違ってある程度の修行を積むとウケちゃうんです。面白く無い人でも。
でも本来落語というものは面白い人が乗りこなして初めて面白いんです。唯一そのサンプルケースは笑福亭鶴瓶師匠。鶴瓶師匠というのは落語出身で落語家なんですね。最近は古典もみっちりやっていらっしゃいますけど、元々松鶴のお弟子さんで、落語の稽古をつけてもらってないものの落語に関して凄く詳しい人。

先ほどのR-1からの繋がりで言うと、漫談、「すべらない話」、落語という連続性を持たせて展開させてきた。今まで青山円形劇場で毎年「鶴瓶ばなし」っていうのをやってます。僕も毎年見に行ってます。でそれから出来た話が私小説落語、私落語というものに結実してる。

例えば高校時代の青木先生という先生とのエピソード。前に見に行った時にはまだ漫談ベースだった。「こういうおっちゃんが居まして、生徒とはこういう関係で・・・」というエピソードトークだった。これは「すべらない話」です。これはオチまでの話をビルド・アップして無駄を削って。話し方としては間接話法と言って「この時○○さんはXXと言って、先生はこういいました。」という基本的に話者が全面に出てくる話し方なんですね。ただ落語ってそうじゃない。さっき言ったように再現なので「おう、何処行くんだい?いや、ちょっとそこまで」と再現になってる。これは完全にオンデマンド放送と同じような考え方なんですけど。

鶴瓶師匠が完全にやって見せてくれたんですね。私小説落語になると完全に落語というフォーマットで「青木先生」というネタになった。落語に生まれた瞬間、「すべらない話」から落語になって成立する瞬間を肩の強い人がやってくれた。元々面白い人が「ほら、落語ってこんなに面白い可能性のあるパッケージなんだよ、という事を見せてくれた。でそれをやった後、あの人はついに古典落語に向かうんですね。先人たちっがやってきた落語の象徴だった「死神」っていう落語があります。これは関東でも関西でも両方やられている話ですけど、サゲをどうやって変えるかという、談志師匠が掘り下げたことなんですけど割と落語家の演出が出来る話しなんですが、鶴瓶師匠はこれまで落語史上だれもやらなかったギミックを1個入れたんです。これは落語に出てくる死神っていう人を幼馴染の女の子にしたんです。「死神」って話しを恋愛話にしたんです。普通だったら邪道だって言われます。ですけど落語であるから出来るんですね。「皆の想像してた死神ってこうだったでしょ?でも違うんだ。本当はこういう人だったんだよ。」と。鶴瓶という話者が「死神」をやるんです。男か女かは僕らが勝手に想像してた。要するに落語という芸能は想像する芸能なわけだから恣意的に設定したキャラクターのようにやってるけど実は後からこういう人だと。それを一番逆手取ったネタが柳家喬太郎師匠のやった「午後の保健室」ってネタで、校長先生っぽい話し方をする高校生っていう話で、みんなの頭の中で想像してたキャラじゃないんだよというのを笑いにしてるんですけど、その延長線上に鶴瓶師匠が居らっしゃる。

僕は「落語家X」については面白い人が落語やるから絶対に今まで見たこと無い落語になるに決まってると思う。もっと言うと落語ってこうじゃなくちゃイカンと思ってる。言ってしまえば今の落語家なんて単なる落語オタだから。ずっと落語やってりゃあそらうまくなりますよ。だた元々面白い人が落語やってくれないと。
僕が唯一提案したいのは古典落語と現代に通ずる面白さの唯一の橋渡しはマクラなんです。これは沢田一矢さんっていうライターさんが書いてらっしゃる「まくらは落語を救えるか」っていう本があるんですけど、マクラって早い話フリートークでしょ。「すべらない話」なんです。お客さんをどれだけ揉むか、何故今この話をするのかっていう動機付けもしっかりしなきゃいけない。要するにマクラー1グランプリをやれば良いと思う。本編だったらやらなくていい。WOWOWだったらやれるんじゃないのって思うんですけど。例えば火炎太鼓のまくらだけ5人にやってもらう。(なるほど)今日のテーマは火炎太鼓です。そのまくらを5人の方、どうぞって。

大谷さん:カスタムする元ネタあるわけね?

タツオさん:そう。もはや型というのは出来てる。落語という本編は退化してると思う。唯一立川流によって掘られて進化してますけど、成立当初、1本だいたい2時間かかってた話なんですね。それが時代の淘汰を受けて必要な部分だけに削られて残って30分・15分くらいのネタになってますけど、現代に限って言えばどんどん尺が伸びてるんです。例えば、昔15分だったネタが30分になってる。昔40分だったネタが80分くらになってる。それだけ昔表現していたことを言葉を噛み砕いて表現しないと理解出来なくなっていってる。これは進化じゃなくて退化です。それだけ客のレベルが下がってる。だから落語自体の進化は無いので、まくら自体を進化させなくちゃいけないと思うんです。

大谷さん:でもさぁ、まくら-1グランプリなんてめんどくさい事しなくて「すべらない話」の方がいいじゃん。わかりやすいじゃん。

タツオさん:じゃあ、今の落語家さんに「すべらない話」やってご覧なさい、て話なんですよ。芸人に勝てる人何人居ますかって事ですよ。

大谷さん:ほとんど居ないでしょうね。

タツオさん:それが落語界の現状なんです。

大谷さん:最後に火炎太鼓って入れてるだけだったら、火炎太鼓知ってる人だけが気持ちよくなって見てるだけってことなら、今の落語を楽しんでるのと同じ事になっちゃう。

マキタさん:凄いエクスリームな進化の形になるよね。




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笑福亭鶴瓶というリアリティーショー/笑福亭鶴瓶と明石屋さんま/風俗(恋愛や流行やPOP感)に対する意識/TVタレントから落語家/TVの力、即効性、落語に対する諦め/明石家の名前を捨てない/朝日放送と毎日放送

マキタさん:鶴瓶さん良いなと思うのは自分を姿形を変えながら人間の成長の度合いをTVでずっと見せてるリアリティーショーみたいな仕組みになってるから。人間派でしょ?でありながら自分で落語をカスタムしていくところがあるよね。

大谷さん:なんかチャラいみたいな感じで出てきたミュージシャンが音楽性を追求してるとまた魅力になるみたいなアーティスト居るよね。実は本格派だったんだ、とかファン増やしちゃったり。
実は始まる前に恋愛トークしててこれからの俺たちの課題だと思うんだけど、落語とタレントと考えた時に鶴瓶師匠と明石家さんまという2人の事ずっと考えてるの。今も鶴瓶師匠はさんまさんを落語やれって口説いてる。絶対面白いに決まってる。

(明石家さんまの来歴などは割愛)

タツオさん:さんま師匠が落語家になったばかりの頃のプロフィール見ると、「好きな話は花筏」とか入ってるわけですよ。古典落語知ってるんだ、この人って!

大谷さん:何よりこのWOWOWを目茶苦茶見てるからね。さんまさんと鶴瓶師匠って面白いっていう大前提はあるけれどやっぱり風俗に対する意識が他の噺家と数段上でしょ。

マキタさん:風俗って?

大谷さん:恋愛や流行りとか。鶴瓶師匠が持ってるPOP感ってあるじゃん。普通に何歳も下の人の恋愛トークとかするわけ。あの入り方とか意識の持ち方に鶴瓶師匠はずっと葛藤があって、でも逆の方式だったと思う。だからさんまさんが頑なに落語を断ってるっていうのはTVと共に出たという事もあるんだろうけどTVの力、即効性に勝てない落語に対する諦めがあると思うの。でも明石家という名前を捨てないのよ。明石家っていう名前が絶対なの。要はロマンは捨てないの。だから超複雑で面白いの。例えばあの人は大阪時代の若手の時にある放送局だけ嫌われてたの。そこは紳介さんだったの。で未だにその局出ないの。言っちゃうと朝日放送(引用者注:番組内ではTV朝日と言っていたが間違いだと思いますので修正しました。)ですけど。

マキタさん:そういえばイメージねえわ。

大谷さん:毎日放送には今も週1で帰るの。新幹線に乗ってわざわざ行ってるの。凄い複雑な人間なの。

タツオさん:あと毎週松之助と手紙を書いて交換してるんだって。

マキタさん:へぇー、マジで?

タツオさん:またこの松之介師匠というのが面白い人なんですよ。


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お笑い総合格闘技での落語家最強説という夢/千原Jr・ビートたけしの理系脳・逆算/ビートたけしの座頭市のドンデン返し/理系脳・編集感覚/NHK演芸コンクール/古典を7分に/芸人は理系脳にかわりつつある/DJ=落語/下手DJは分かる/ブランディング/山崎邦正と世界のナベアツ(桂三度)

タツオさん:よく格闘技好きな人でプロレス最強説を唱えて馬鹿にされる人いるでしょ?プロレスラーが地上最強の格闘家だって言って。僕はどこかで落語家地上最強説って信じてるんですよ。お笑い総合格闘技の中で落語家が一番強いって思ってた時期があるんですよ。そういう夢を見たときがありました。例えば鶴瓶師匠だとか、志ん朝師匠・談志師匠だとかがご存命だった時。もし本当に面白い人が落語家になったら敵無しだなと思ったんですよね。漫談でも面白いくてTVでも面白くて、ネタやってご覧って言われて古典落語出来て自分も持ってるって。そう考えたら鶴瓶師匠って芸人界最強なんですよね。

マキタさん:俺そういうことで言うと、千原Jrさんってあの人落語やってるよね。あの人って頭が理系脳じゃない、多分。そういう人って落語とか元々ある習うべきスコアがあると、その人自体の切り口が明快に成りやすいから、あの人は小朝さんにそそのかされたかもしれないけれど、胸騒ぎを禁じえず落語をやってるんじゃないかなと。
(千原Jrさんと)たけしさんの座頭市の話をしてた時、「あのラストの2重のドンデン返し、要る?」って話した時に千原さんが「まぁそこから考えたのかもしれへんしな」って。これ完全に理系脳でしょ?見えてたら、という所からの逆算で考えてたかもって。たけしさんって完全に理系脳ですからね。後から辻褄を合わせていくというカスタムの仕方。そこは完全に呼応し合ってるところで。そこから目を付けて考えていくだろうなってっていうことが目に見えるし、そういう人って落語に向いてると思わない?

タツオさん:たけしさんこの前、「野ざらし」やりましたからね。Jrさんみたいな編集能力の高い人って古典落語の編集能力って絶対あると思うんです。この話の肝はここで、ここが最大瞬間風速なんでそこに必要な場面設定と登場人物を入れるって整理できるはずなんですけど、なかなかその編集能力が有る人が落語家に居ない。NHKの新人演芸大賞とか出るときにみんな迷うんですよ。決勝は7分とか11分とかいう時間に古典を縮めなきゃいけないって言う時に初めて「ヤバい」ってなるわけ。でも僕ら1分だったら1分に合わせてネタ作るってこなきゃいけないし。考え方が逆でしょ。もっと言うとお笑い芸人自体が理系脳になってきてると思う。トータルの尺の中でピークがここ、その中で振りがここ。みんな理系脳になってる。でも噺家さんってまず噺があって尺は変えられませんっていう発想じゃないですか。まず落語ありきでしょ?

マキタさん:今の時代って編集感覚に優れた人が勝つと思う。さっき大谷くんも言ったけどDJやる時に落語と同じだって。編集、エディットでしょ?元々のネタ元があって自分以外の人が作った音楽を流してるわけですよ。でも大谷君以外のDJの現場見るとほんとに下手な人居たら分かるもん。全然お客さんノセる事出来ないから。もの凄い不思議なことなんだけど。それってまさに落語だもんね。落語には様式美とかセオリーがあるけど、元々みんなが知ってたお話みたいな共有感覚があるからだけど。その辺はある種の落語家的要素をDJとかがやってるという広がりがあるかも知れないけど。音楽の強さがあるから。だけど同じところは編集感覚なんだよ。
さっき人間派とか言ったけど鶴瓶さんだってただ漫然とやってるわけじゃなくて何となく編集してると思うんだけどね。自分を大喜利の議題として晒しながら、お題を見つけながら回答ってしていくってことになるとタレント能力が高い人ほど編集能力があったり自己プロデュース力であったりブランディングだったりと思うんだけど。そういうときに新しいものがあるとか、オリジナリティを持った話の掘り下げ方とかよりも今の時代は有るものを足したり、うまく組み合わせたりする能力に優れた人がセル・アウトしやすいしブレイクしやすいじゃないかと思う。

大谷さん:何回も書き込みあるけど、山崎邦正と世界のナベアツ(桂三度)さんとか凄いと思うんだよね。千原さんは編集能力があって落語界にとってある種の刺激的なものだけど、じゃあ全部そこに身をゆだねるかっていうとやらない。でもあの2人は一気に芸人人生をシフトしてるのはちょっとヤラレタ感はありますよね。

タツオさん:僕売れてたら、絶対落語家になろうと思ってましたもん。M-1に出れたら落語家になろうと思ってましたもん。

キーワード
批評として扱った上で、映画としてのダイナミズム/ダイナミズムでねじ伏せる/世界的に面白い人はみんなそう。/落語のアレンジ/対象とは誰なのか/出待ちコントとバイト面接コント/リアリティがあるか無いか/志の輔と談春/不特定多数と特定多数/伊集院光/特定多数としてのラジオ/落語を御せるか/メタ語りや話者としての個性が強いと話を選んでしまう/伊集院光におけるニッポン放送の時とTBSとの違い/話者としての癖が強い笑福亭仁鶴/落語をコントロールする力/落語=洋服である

タツオさん:大谷さん:沖縄映画祭行ってて芸人がオーディオコメンタリーをするわけ。要するに喋りながら見る。例えば五月みどりさんとピースの綾部とかロバートの秋山とか居て喋りながらエロいのを見るとか、南野陽子さんが来て「スケバン刑事」見たり。

僕は韓国映画の「グエムル」を見ながらやったんですけど、「グエムル」っていうのは韓国的な象徴的な映画で、俺の中では黒澤明位だと思ってるのね。ポンジュノっって監督は。要は映画をいかに批評的に捉えつつダイナミズムを追求してるわけ。「殺人の追憶」でいうと犯人捕まってないわけ。いかに警察が無能であるかとか人はいかにイメージで行動してるとか、結局犯人分からないわけ。ターザン山本は当時「そんなもの映画として認めねぇ」とか言いいました。最後、主人公が「お前だろ、犯人って」て言って客席に向かって指差すわけ。でもそれはショックだったの。映画秘宝とかで2000年代ベストテンを取るとそれが1位なの。その監督が怪獣映画撮ったら「グエムル」になった。見終わった時に色んな芸人さんが「あそこおかしくない?」って。でもつまんないかっていうとみんな面白いって言うわけ。それはダイナミズムなの。カメラのカット割りとか、否応無しに。もう映画なの。もうねじ臥せっちゃってるの。それも含めての映画体験だからやってて俺は楽しかったの。今世界的に面白い人ってみんなそうじゃない?って思うの。自分の単独ライブをやった時に落語やったんですよ。「お直し」をベースに色んな落語をミックスして。

マキタさん:「落語チャンチャカチャン」みたいな?

大谷さん:そう。オチだけ自分のにして。芸人に貢いでる女と男の愛憎劇みたいなのを。「お直し」ってそういう映画だから。で泣いてる人とか居るわけ。それは当たり前なの。それはそういう風に作ったから。俺が最初落語やろうとした時に、「落語をやってる俺かっこ良い」みたいなノリ。談志好きだったし。でも談志がやったことをいざやってみると、当時俺の事をキャーキャーいってる客は笑わらわねぇなとと思ったとき駄目だと思ったの。対象に対して何をやるかって相対しないと駄目だと思った。
出待ちコントやバイト面接コントとか若手は一番最初にやるわけ。なんでやるかというと一番お客さんに分かりやすいから。手紙持って外で待ってる奴そいつなんだから。そいつを単なる気持ち悪いフリークスにしちゃえばいい。お客さんがリアルに思っていることを「お直し」の世界の女と同じ所まで引き下げてみようと思ったわけ。それは何かと考えたら芸人に貢ぐ、だと思ったの。これは自分でやってても心晴れたんだよね。でやっぱり落語家が最強だっていう押し付けが嫌がられるんじゃないかと思った。もう少し対象を明確にする、例えば昇太さんってそういう所がある。落語家さんでそういう所を分かってる人を見るとハっとする。

マキタさん:志の輔師匠なんかそうだよね。

大谷さん:志の輔師匠と談春師匠は俺の中では全くスタイルが違うけどやり方は一緒なんだよね。それは対象が誰なのかちゃんと分かってる。クイックジャパン読んでる奴ってこんな音楽好きだよなって作ってる方がそのシーン自体盛り上がるわけ。

タツオさん:顧客が明確って事。不特定多数じゃなくて特定多数ってこと。

大谷さん:そう。

大谷さん:ツイートにも書いてあるんですけど「伊集院光も落語家出身だよね。」って。伊集院さんがラジオを主戦場にしてるっていうのは一番多い分母として特定多数としてのラジオという出力先を選んで落語家”的”な作業ををやってる。たださっきもJrさんの話しもでましたけど、Jrさんが幾ら編集能力に優れているとはいえ落語を御せるかというとそうでは無いなと思う。伊集院さんもそうなんですけどメタ語りが多い人とか話者としての個性が強すぎる人って噺を選んでしまうですよ。

マキタさん:それはプチ談志現象みたいになるわけ?

タツオさん:談志師匠はそれでも落語になると癖が一気に取れてったです、昔は。もの凄く丹精にやってたんです。

マキタさん:それは結構昔の話でしょ?

タツオさん:柳家小ゑん、柳家脱退する前くらいは。やっぱ名人芸だった。それから話者としての個性を強めていった時期があるんですよ。それはもう落語を御せる自信があったから。

大谷さん:それって伊集院さんのラジオでも一緒じゃない?ニッポン放送の時ってわりと女の子のリスナーが多かった。当時付き合ってた彼女が凄い好きで、他に何が好きって聞いたらB’zや福山雅春って。でTBSに移って聴いてるかって言うと聴いてないって。

タツオさん:なるほど。12時から1時の時間ね。

マキタさん:深めたんだ。

タツオさん:深めたんだと思う。もっと言うとTBSでも同じ作業をしたと思ってる。日曜日を辞めて、月曜の1時~3時にしたっていうのはそういう部分が大きいというかもっとストイックに。それは晩年談志師匠がイリュージョンであったりとか噺を掘り下げていったりように特定多数の囲い込みの後深める作業っていう事なんじゃないかと思ってるんですけど。落語家がそういう作業してるかというとしてないと思う。
例えば関西で成功してるけど話者の個性強い人のサンプルケースって仁鶴とか笑福亭福笑、桂福団次といった辺りが凄く喋りの癖もあるんだけど落語を上手く御せる人だったのね。仁鶴師匠なんかほんと凄いよ、昔なんかメクリが出ただけで観客総立ちだったんだもん。爆笑王でしたよ。そう考えると漫談に話者の癖が強いのも関わらず落語をコントロール出来る技術力も伴っていないと。しかも直接話法じゃなくて間接話法で。噺を再現するというやり方でしっかりお客さんをひきつける力がある人。

マキタさん:今伊集院さんが急に落語始めて役に入って「ちょいとお前さん」とか言われるとプっと吹いてしまうなぁ。

タツオさん:ちょっと恥ずかしいでしょ。それは伊集院さんでもJrさんでも同じ成分だと思う。

マキタさん:それはメタの成分がちょっと多いわけだ。

タツオさん:そうなると肩が強過ぎるが故にボールが身体に見合って無いんですよ。で、落語は洋服と同じだと思っていているんですね。体型が極端だと着る服も選んじゃう。なるべく癖の無い体型にして色んな服を着れる様にしなきゃいけないんだけど、そこに個性がなくちゃいけない。

マキタさん:吉川晃司はあの格好じゃなくっちゃいけない(笑)


キーワード

世襲する芸能は廃れるのか?/ビートたけしと林家一門/世襲の大切さ/郷愁・引き受けた・背負った

大谷さん:世襲する芸能は廃れるって書いてる人が居るけど、そういう意味では「俺たちは世襲制度じゃない」といい続けるんだけど、たけしさんって林家一門の行事に出るじゃん。たけしさんというのはそうじゃないんだろうね。そこがいなきゃ落語が廃れると思ってるんだろうね。世襲してるところが完全に壊滅しちゃうと落語界が完全になくなっちゃうと思ってる。

タツオさん:今の世襲は延命措置ですよ。

マキタさん:そうだよね。でもそうやらないと残らないと思う。

大谷さん:たけしさんの持ってる上品さって下品な発想じゃないじゃん。俺たちの考え方ってテロリスト的というか「面白い奴がやればいいじゃん、ゴチャゴチャいわねぇーで」って。完全に、前田日明ですよ(笑)

タツオさん:お笑いヤンキーね。

大谷さん:だけどそれじゃないんだよって。野球でも巨人の事言うじゃん。あの人って凄いそこを大事にするよね。「これがなくなったらお前らもうお終いなんだぞ」って。

マキタさん:あの人の芸風って本体があって壊し芸という所があるからね。そういう郷愁もあるかもしれない。

大谷さん:俺、もう少し引き受けてる感のある人が出てきてもいいのかなって思う。鶴瓶師匠って確かに引き受けたなって。

タツオさん:そう背負った。

大谷さん:最終的に背負ったんだなって。大変だろうなって。

タツオさん:俺、松鶴襲名まであると思ってますよ。もうあそこまで背負うんだったら名前まで背負うじゃん。

キーワード
ジャニーズが落語をやればいい/タイガー&ドラゴン(&ちりとてちん)/落語の崩し方/小朝以降の落語

(コメント:今の時代、ブ男が落語しても格好悪い。イケメンが落語すればいい)
大谷さん:また極端意見ですけど。

タツオさん:ただ僕学生時代からそれ言ってて、極端な話しジャニーズが落語やればいいだって。そしたらタイミング良く「タイガー&ドラゴン」やってこれでいいだよって思ったし、「タイガー&ドラゴン」って変にファンタジーだったし。リアリティーを持って感じたのは落語の崩し方が非常に現代的だった。脚本家が優れてるなって思うんですけど。

大谷さん:配役とかも素晴らしかったし。

タツオさん:ああいう崩し方を許容する芸能だったはずなのにテキストをかなり固め始めてる。それは世間と逆行してんじゃないのかなって。

マキタさん:一時的だけど凄い落語ブームになったもんね。

タツオさん:未だにその余波で生きてるところありますからね。だって末広亭潰れそうだったんですよ。1回閉鎖決まったんですから。でも「ちりとてちん」と「タイガー&ドラゴン」で守ったんですから。あと我々の署名もありましたけれど。

大谷さん:だからやっぱり引き受ける人だよ。引き受けるってことがどれだけ凄いか。しんどいからみんなやらないわけでしょ。それが何人出てくるかだよね。

タツオさん:小朝師匠以降の若手に背負うって言う考え方のある人がなかなか出てこない。

大谷さん:いやー沁みる。俺たちも恋愛話して引き受けようね。こういう端の出島で吼えてるだけじゃあなぁ。(笑)

キーワード

現役芸人による芸能批評/インサイド・トーク

大谷さん:これやってるのが現役の芸人ていうのがどうなんだっていうのどうなんだっていう。人の下をかいくぐって手法の1つなのに俺たち首絞めちゃってるもんね。

タツオさん:完全にインサイド・トークですよ。

浅野さん:コメントで「こんな分析をバリバリの現役芸人から聴けるという奇跡。凄すぎる」って書いてあります。

タツオさん:だからこれは是非活字化していただきたいな。俺今日予約してこれば良かったなぁ・・・これもう1回聴きたいなぁ。それぞれみんなソロパートとかあったから。大谷さんとかマキタさんの下りとか。

大谷さん:じゃあ、ブラスト出版とか作りましょう。

マキタさん:怪しい。それエロ本っぽいな。(笑)

大谷さん:ブラストでやってることのテーマがずっと出てくるのよ。エンターテイメントの世界って割りと似てるんだなと思いましたね。

(びっくりするくらい共通してしてるよね)

大谷さん:やってて一番驚くのそれ。あれ?この話し前もしたなって。今日もいきなりゾンビの話しとかしてるじゃん。

マキタさん:繋がっていくんだよね。

大谷さん:やっぱポップカルチャーの真髄なのかもしれないなって。

タツオさん:アーカイブ見たいよね。あと落語の未来っていうところでかよちゃんとかこれから落語に触れる方には本編に入る前のマクラにどれだけ気を割いてるかで噺家のセンスが出ると思いますで。何の説明も無しに古典始めたりしたら、何でこの現代に漫才でもなくコントでもなく落語聴かなきゃいけないの?っていう疑問に答えてくれてないからね。だからそこでお客さんをどうやって揉んで、どういうテーマを落語に見出してるのかって全部マクラに出てると思う。是非マクラに注目していただきたいと思います。

大谷さん:もう1回やりたいですよね。

(1回落語家さん呼んでって。)

マキタさん:結構ビビって出てこないんじゃないか。

タツオさん:出てくる人居るよ。

マキタさん:出てくる人で話ししたいよね。

大谷さん:コメント「水道橋博士も入れて欲しかった」

タツオさんうん、話し聞いてみたいよね。

(あ、博士からほんとに活字化希望って)

マキタさん:談春師匠から聴きたい、でもホント取りこぼしたね。

タツオさん:また次回があると思いますので。

(ホントやりましょう)

以上
——————————————————————————————————–

↓参考

個人的に感じたのは笑福亭鶴瓶と明石屋さんまの矜持の違いとして述べたくだりで、両者ともラジオに関する強烈な愛着へ言及がなかったこと。(テーマとは外れるので仕方がないが)

両者は毎日放送が放送している「MBSヤングタウン」の屋台骨を支えた2人で、さんまは若手芸人に対して「タダでもいいからラジオ(番組)をやらせてもらえ」と発言している位。笑福亭鶴瓶のブレイクのきっかけは深夜放送で、当時「サラリーマンの課長くらいのギャラは貰っていた」と話していた。

明石家さんまは落語家との関係を維持しており、友人である桂雀々の独演会へゲスト出演を依頼された時に、着物を着ていったが「落語会のお客の前では自分に対する見方がキツイし、場違いと思われている。」と言っていたが友人で落語家からの出演依頼はスケジュールが許す限り出演している(落語は演じない)。真偽は定かでは無いが古今亭志ん長はさんまの古典落語を評して「TVであれだけ面白いのに、あんなに落語が面白くないのが不思議」と言ったといわれている。本人も古典落語は合っていないという認識を持っていると想像している。

追記:本日(4/17)放送の「大谷ノブ彦のWOWOWぷらすと 立川談春と、その落語」内にてちょっと触れていただき、「どんだけ暇なんだ」というツッコミをいただきました。まぁ確かに・・・

すなわち、便所は宇宙である

この本↑では千原ジュニアが「死神」を演じた時のエッセイを収録しいる。
本人vol.11

↑貴重な明石屋さんまへのロングインタビューが収録。

本人曰く「文字にされると残るのが嫌だ」という理由でなるべくインタビューの依頼は断っているとの事。

まくらは落語をすくえるか

特選!! 米朝 落語全集 第二集
落語名人会(41)死神
NHK落語名人選(9) 六代目 三遊亭円生 死神・一人酒盛

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2件のコメント

投稿者: : 2012/04/13 投稿先 BOOK, 芸能, 俺の好物

 

「大谷ノブ彦の #WOWOW ぷらすと 落語の未来」(出演:サンキュータツオ×マキタスポーツ×タイノジ大谷)」への2件のフィードバック

  1. 世紀

    2012/11/05 at 11:19

    孤高のコーイチロー氏のブログで、
    この放送を知りアーカイブを探したが時すでに遅く。
    誰か書き起こしてくれてないかと検索して、
    こちらにたどり着きました。
    この量の書き起こしはさぞ大変だったろうと思います。
    クソ面白い芸論を読めて最高です。
    ありがたやありがたや。

    いいね

     
    • kamiken

      2012/11/05 at 15:18

      コメントありがとうございます。
      自分で言うのもなんですが、正直言って大変でした。

      WOWOWぷらすとは(例外を除いて)アーカイブを残さないのでこれはやらなきゃなと変な義務感に駆られてしまいました。
      サンキュータツオさんからは「どんだけ暇なんだよ」と言われてしまいましたが。

      こういう芸論は面白いですよね。
      他にも、
      あの頃の、昭和館 (現代漫才論)
      http://www.voiceblog.jp/anokorono/
      もなるほどと思える芸論が多いのでオススメです。

      ほかにも何か面白いものがあれば教えてください。

      いいね

       

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